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同級生はほとんど学校からいなくなった。下の階を窓越しに眺めると、下級生が日常を送っている。高校三年生のフロア(だった)ところにも放課後の生徒活動が侵食しはじめた。

トイレで会った知らない下級生は訝しげな目で私のことを見た。そう、訝しげな目で。

もうすぐいなくなるんだから、そんな目で見ないでおくれ。

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私の記憶が正しければ、都心では四年ぶりに雪が積もった。

線路の周りがすっかり白くなっていて、雪国に来たみたいである。

ベンチに積もったので小さなゆきだるまを作った。気温がそれほど低くないのでべちゃべちゃしている。

誰も踏んでない雪を踏むのが好き。サクッサクッという感触。スノーブーツが大活躍であった。

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メランコリ

大大晦日以来、初詣を除いて家から出ていない。正月はどこも開いていないのだ。

家から出られないとはなんとも憂鬱なのである。昼頃から生存気力が低下し、ほとんどなにも出来ず。文章を書こうかと思ったけれど、描写する日常がないとどうにもならない。こんな時、貴方なら哲学を語るかもしれない。しかし、哲学とはさらに私を孤独にしてしまうのだ。

机に置いてあった本を読む。勿論すでに読んだことがあるものだ。未読のものを消化する気力があれば、こんなことにはなっていない。読んでいるうちは憂鬱を忘れるが、好きな部分を読み終わると現実へと引き戻される。そうだ、私はなにもしていない。

ピアノでも弾きたい気分だ。しかし家には鍵盤ハーモニカすらない。第一、私はメリーさんのひつじしか弾くことができない。

LSDのプレイ動画を見てみた。しかし、どうもあまり気力がでない。ゆめにっきを遊んだことはあるが、その時と同じような感情であった。私は何を見ているのだろう。ああいうのはおかしいくらいにハイな時にやるものだ。今の私にとっては、メランコリは黄色と青の大地の中でうずうずと反復されるだけなのである。

頽廃的になってはいけない。そうだ頽廃はダメだ。私は机に向かう。インクは紙に滲んで机に裏移りする。ヘットホンから流れる音楽は全て空虚である。その空虚は私を覗き込む。


次第に私は六畳間と一体化する。メランコリは部屋中をかけめぐる。暖房から吹き出る生暖かい風となって、空気の一粒一粒へと浸透する。私はこの部屋であり、この部屋は私である。散らかった床も、未整理の本棚も、飲みかけのペットボトルも、全て私を構成する。メランコリは固定化され、重く、空間を掌握する。


明日は散歩に行こう。私はそう誓った。

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雲の移動について

2021/12/29/09/12/33

今日はたまたま窓際に座っていたのでタイムラプスで雲を撮ってみた。

雲は塊がそのまま流れていくだけだと思っていたが、動画を見る限り違うようである。風で流されてはいるが、ある境界で生成し、ある境界で消滅している。雲が存在する範囲というのは長いスパンで観察するとそれほど移動していない。

雲が出来る要因の移動速度が、水蒸気の粒の移動速度よりも遅いからだろうか。

youtu.be

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